# 仮説 芹沢あさひ良い所の私立に通っている説

この記事は2020年1月19日に開催されたこみっくトレジャー35で頒布した「芹沢あさひ良い所の私立に通っていて欲しい部」を加筆・修正・再編したものです   前:前説

# 芹沢あさひを取り巻くものたち

# テーマとモチーフ

ようやく本題に入る。奔放であるように見えたと思ったら、計算された足取りで歩み、自分の世界にこもりがちと思えば他者の言わんとすることを察することも出来る。あさひのことが知りたい。彼女がどんな環境で過ごしてきたのかを確かめてみたい。そうした中でたどり着いた一つの仮説がこの表題である。   アイドルマスターシャイニーカラーズというゲームでは、随所で見られるキャッチコピーやプロダクションの名称からして、作中のアイドル各個人に「翼」や「飛翔」をモチーフとした題材がキャラクター造形に含まれていると考えられる。その中であさひ、ひいてはストレイライトのメンバーにはイーカロスの神話(参考)がモチーフに含まれているのではないかと思う。それは名前からの連想に過ぎなかったが、高みを目指して一直線に、そして時には盲目的に、周囲を顧みず突き進むあさひの姿は見方によってまさに「傲慢」と表現できる一面を持ち、そしてその「あさひ」の持つ天性の才を羨みながらも追い抜き、手を伸ばし、そして掴み引きずり降ろさんと追随する冬優子と愛依。どちらが墜落することになるかは定かではないが、傲慢さに対する戒め、転じて幽閉された現状を打破すべく自らの手で飛び立つ勇ましさを題材とするこの神話は、世界を迸り進み続ける迷光たる彼女たちとの親和性をどうしても見出してしまうのである。

さて、ここではイーカロスの神話のうち「幽閉された」という部分に着目する。翼を得て飛びたつのだから、囚われているのはアイドルを始める前、もしくはアイドルでない間、ということになる。つまり、この話にあさひを当てはめるなら、彼女は アイドルでなかった、それまでの日常に囚われていることになる。

# 囚われていた世界

作中の発言からも分かる通り、彼女は何か打ち込める「楽しいこと」を、「ひとりぼっち」で探していたのである。それまでの現状に満足していなかったのだ。

プロデュースイベント『未だ見ぬものへ、共に』より
しかし、この年頃の子供の集団において(お前に小中学生、それも主な構成は女子の集団の気持ちなんて分かるわけねーだろというのは禁句)あさひのような活発な子がそうそう一人になるだろうか。性格が性格なのである程度の密度で関わった子から敬遠される可能性もあるが、それでも誰かがやっている、知らない何かに興味を持ち、それを一緒にやれているうちはひとりでは無いはずだ。ということは、「周囲の誰も、興味を惹かれるような何かをやっていない」と考えられる。 そして、あさひは我々からすると些細に思えるようなことでも、一旦は興味を持つことが多い。そんな些細なことですらやってないとは一体どういう環境なんだ? そう、割と上品な感じの良い所の私立です(私立エアプバレバレ発言)。

# 芹沢あさひと環境

# 環境と能力

仮にあさひが通っているのはいいとこの私立だったとしよう。そこではお上品に勉強して、おとなしい休み時間を過ごし、そそくさと帰っていく。そういう環境にいたなら、ひとりになるのも、自己表現をする先が無いのも、考えられる話ではないだろうか。特に、この発言は「教室にいることのつまらなさ」が読み取れる。

プロデュースイベント『空の青さを知る者よ』より

他に論拠となる点として、あさひは「ダメって言われる時がわかる」とイベント『きよしこの夜、プレゼン・フォー・ユー!』発言している(このイベントと次回イベント[MAKING]スノー・マジック! で登場したチームまりあは非常に噛み合いがよく、素晴らしい越境ユニットだと思うので是非話題を広げたいが、それはまたの機会とする)。

イベント『きよしこの夜、プレゼン・フォー・ユー!』第3話『14:48 PM』より
イベント『きよしこの夜、プレゼン・フォー・ユー!』第3話『14:48 PM』より
これはあさひの優れた感覚からくる洞察力によるものだと考えられるが、前提として「言われ慣れている」ということになりえる。そしてあさひの年齢を考えれば、「ダメ」を突きつけてくる相手は、教育熱心な親、もしくは厳格な先生である可能性が高い。 彼女が時折見せる観察力や、自己表現への渇望はこういった環境が裏に合ったのかもしれない(妄言)。

# 新たな環境

また、その一方で上記イベントの会話には続きがあり、先走るあさひを諌めるために反対の立場を取っていた摩美々と凛世が、熟考の末にあさひに乗せられることにした(この場面は芹沢あさひ、そしてストレイライトが『1年遅れ』であることが如実に印象付けられており、とても味わい深いが本題ではないのでこれもまた別の機会に取っておくこととする)際、「ふたりの許しが出たならもう大丈夫」という趣旨の発言をしている。

イベント『きよしこの夜、プレゼン・フォー・ユー!』第3話『14:48 PM』より

この一連の流れについて、あさひは自分の発言がワガママに分類されることを理解しておりながら、「お目付け役」たるふたりにお伺いを立て、そこでオッケーが出たなら他のメンバーも許してくれることを見越していたように見える。ようは、同じプロダクションのメンバーに対して、「甘えている」のである。(流石に仕事中にそうそう脱走しないだろうが)怒られたり、断れたりすることを前提に一人で行動するようなことはせず、周囲との強調の姿勢を見せるその姿は「ひとりぼっち」とは言えない。

作中で見られるあさひの殆どの時間はアイドルをしているときであり、翼を広げて縦横無尽に飛び回る彼女を目撃することになるが、それは囚われていた時間の反動かもしれない。

# 芹沢あさひと生き方

# 主張と妥協

一方で、あさひのことだから、仮にそんなつまらない環境にいたのなら下手したら出奔しそうだ、とも考えた。ならば、そうまでしない理由があったのだろう。 作中の言行から、とくにイベント『Straylight.run()』で顕著に(というより、主題として)クローズアップされた彼女のひとつの傾向として、「(彼女の中における)普遍的な正しさ」を強く重視しがちである点が挙げられる。

イベント『Straylight.run()』第6話『LIBERTY』より
そして、教育ママにありがち(偏見)な、「いい学校を出ておけばいい人生が遅れる」論もまた「普遍的な正しさ(と思い込んでいるもの)」を必要以上に相手に押し付ける論調である。あさひの有る種の思い込みの強さに、こういった理由が含まれているのではないだろうか。

仮にあさひがそういった教育を受けていた場合、あさひの思考は「確かに一理ある、だが大前提として自分にとって正しいことができる(楽しいことを探せる)ことが第一」となっているのではないか、と推察する。

その結果として、「いい学校にきちんと通っているのだから、放課後はどこで遊ぼうが自由」と、母親からの干渉と自我の妥協点が「いい学校に通う」あたりで定まり、巡り巡ってアイドル芹沢あさひの誕生へ繋がったのかもしれない。

# 環境と体験

尤も、金のかかった学校というのは非常に貴重な施設であり、まだ在学中の彼女にそれが分かるかは置いておいても、実は平日の日中の間ぐらいは彼女の興味を満たすのに充分なものが揃っている可能性は高い。あくまで張り合う相手、同じ目的に向かっていく存在が居なかったことが一番の問題なのであって、貴重な経験を積める場であることには間違いないので、きっと彼女の糧になることだろう(そもそもただの妄想であるが……)。

だとしたら、そこで過ごす毎日にも意味はあったのだろう。例えその日常を彼女が重要視していなかったとしても。鋭い直感と洞察力で「正解」を掴み取る彼女の、その選択が正しいのだとしても。時にその代償として落とし物をしてしまうことのある、芹沢あさひのプロデューサーとして、信奉者として。彼女の進んできた道が決して誤りでは無かったことを僕は確かに信じている。そして、それを確かめる義務がある。

# 仮説おわり

検証へ続く。4月1日の【空と青とアイツ】実装及び新シナリオイベント『WorldEnd:BreakDown』が配信されてしまうと今書いた内容が可能性レベルですら存在できなくなる事態に発展しうるのでなんとか間に合わせられますように。ところでノクチルの子たちが実装されたらチームまりあが再結成することってあるんでしょうかね……?


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