# 芹沢あさひと理想の在処

天井ォ……しましたけどォ……【Housekeeping!】は一人もォ……来てくれませんでしたァ……

# 孤立

2021年1月31日から開催された『The Straylight』は2020年4月1日『WorldEnd:BreakDown』以来のストレイライトにフィーチャーしたイベントで、およそ10ヶ月ぶりのシナリオコミュになる。その間といえば、例えば【今日の手は空を切らない】の実装があった(天井した)。時勢柄、ボイス無しで実装されたものの後にモンスターみたいなボイスが実装され話題になった(ように思ったが、結局流行語にはなれなかった)あのカードだが、内容としては「自覚的に誰かと同じ行動を選ぶ」あさひが見られる2年目のストレイライトならではのコミュで、逆説的にあさひの協調性の無さは本人も自覚的だったことが分かる。流行語になった方のイベント『ゴシップ・キャンディ!-魔法の本とおかしな食べ物-』は……例え霊体だとしても変わらないあさひの無邪気さが、あさひの今生への執着の薄さを示唆しているようで頭が痛かった。【不機嫌なテーマパーク】はもう命名からして天才だが、今までに比べややドレッシーな衣装に身を包んだあさひが眉をひそめてぶーたれてる演出はそれはもう大きな大きな反響を呼んだのが印象深い。カード内コミュにおいても、あさひの私生活に興味を持って口出しする冬優子と愛依に言及されるなど、あさひ個人にとどまらない関係の変化が見られた。そのほか、『アジェンダ283』では優しさに満ちたシャイニーカラーズの世界にも僕たちのそれと同じように見捨てられたものも存在することを突きつけられる立場を担い(ちなみに、報酬カードの【つむぎ、まばゆく。星屑たち】において、こうして捨てられていったものたちも最初からそうやって作られたわけではないという補完がされている。ただし、それをストレイライトの面々が知ることはない)、とにかく持ち前の行動力で波乱を巻き起こしていった1年目と比べ、単純にあさひ個人のポテンシャルだけでは解決できない問題に直面することが増えていった。

こうした芹沢あさひを取り巻く問題の傾向が変化したことについて、自分の現状と今そこにある世界との強烈なギャップに悩まされる、という立場を1年後輩のノクチルに譲り(あさひとノクチルの面々が抱くギャップは必ずしも同質のものでは無いが、それはまた別の話である)、世界とのズレを認識し、どのように擦り合わせていくかという次の問題へステージを移していった印象を受ける。もちろん、これはあさひが単純にノクチルの一歩先を行っているという意味でも、あさひの独創的な好奇心が抑えられるようになったわけでもない。最初の1年をかけてストレイライトというユニットが強固に結びついた結果、あさひの悩みはストレイライト全体が持つそれへと内包され、少々いびつな形でも前進せざるを得なくなったというのが妥当な表現に思える。芹沢あさひの突飛で魅力的な振る舞いはアイドルユニット・ストレイライトのメンバーとしての非実在的カリスマ性を演出するための武器として消費され、彼女本人の悩み、問題として見られず、無視されていく。あさひが星を目指してもがけばもがくほどに、それが生み出す輝きはストレイライトの輝きと一体化し、その光源の異変にも気付かぬままに熱狂は更にあさひをステージの壇上へ押し上げる。ストレイライトの登場によって、芹沢あさひは新しい道を歩み始めた。それによってあさひの道には確かに仲間が現れ、その歩みは着実に前進した。それまでに置いてきた宿題を拾わないままに、ただがむしゃらに前に進んでいった。

# 共存

ストレイライトは同じ苦しみを抱えている。芹沢あさひは偽らない自分でいるために、黛冬優子は可愛らしい自分であるために、和泉愛依は緊張しない自分を作るために。彼女らは各々の目的に向かい、背中を預けられる仲間とともに舞台の上で非実在の光を放っている。それを続ければ続けるほどに実在する自分の影が忘れられていく恐れとともに。

この状況にもっとも肯定的なのはリーダーの冬優子だ。彼女はもともとこのような生き方を選び、それを貫いてきたのだから当然彼女が引っ張るストレイライトもその道を辿る。だから、ほころびが生まれるとしたらあさひか愛依からだ。あさひはこの道を仲間とともに進むことを疑問に感じ、愛依はこのままその道に引っ張られていくことに戸惑いを覚える。このほころびに触れ、そして繋ぎ合わせるのが『The Straylight』であった。旅は道連れ、一番ユニットであることに懐疑的だった冬優子こそが今やそれ守るほど大事にしていることが怒涛の勢いで表現されるスーパー面白いイベントコミュだったのだが……

なんと本編尺の大半は冬優子の心境の変化と決心、そして愛依の悩みについて割かれており、あさひのこういった話はイベント開始と同時実装の【Housekeeping!】にアウトソーシングされている。限定カードだぞこれ!? そのため、『WorldEnd:BreakDown』と【空と青とアイツ】の時よりも更に、今回のイベントとpSSRカードは切っても切れない関係にある。だから、両方の話をするしかない。

# 提起

事の発端はストレイライトがゴールデンタイムの大型音楽番組に出演するようになったことからである。いつの間にかそこまでたどり着いていた彼女たちの躍進に驚くと同時に、イベント開始前にTwitterで告知されていた予告動画で触れられていた部分であり、これをどうやって乗り越えていくかというのが今回の主題になると思っていた。そしてHide&AttackのインストをBGMにこれまでの3人の回想が入るというベッタベタで王道で最高な流れでストーリーが始まる。

イベント『The Straylight』オープニング『ON YOUR MARK』より

……のだが、そんなことはなかった。そこはあっさりと消化不良で終わり、スピーディに課題点が洗われるところから本編は始まる。つまりは事前告知予告はただの嘘予告だったのである。イベント展開予想とかやらなくてよかったぁ~!

第1話、第2話ともに『ELSE IF』、『TYPE ERROR』と、『Straylight.run()』以来久々のコンピュータ用語の登場である。オープニングでは最初にアイドルになるきっかけとなったCMを見て以前ほどの輝きを感じられなかったあさひも、ミュージカル出身らしい大物アーティストには感銘を受けたらしく、そのままの勢いでミュージカルに応募してしまう。もちろん、これはそのままストレイライトの問題となって、冬優子がフォローに回る様子とあわせて描かれる。返す刀でそのまま愛依のキャラクター問題に切り込み、本イベントの主題が提示される。一方で、今回の冬優子は今までと違う。まず、オープニング時点からずっとあさひと愛依に協力的である。今までほかのふたりの主観に則った価値観が尊ばれる話の中で、常にそれに否定的に、対立する立場に立って均衡を保ってきた冬優子が、今回は最初からずっと味方だ。更に、自己プロデュース能力を身に着け、メンバーのフォローにまわり、冬優子が抱えた問題は彼女個人のものでなく、ストレイライトのものであると描かれている。これは3人がストレイライトというユニットとして完全に同調したという証明であり、ストレイライトは黛冬優子のユニットになった、ということでもある。

つまるところ、『The Straylight』は、芹沢あさひと和泉愛依が、どのように黛冬優子の目線に合わせていくのか、という話だった。

#

彼岸島みたいな章題。【Housekeeping!】第1コミュ『カラマリポテト』の話である。ミュージカルに出演する主題のことは差し置いて、テイクアウトのバーガー商品をつまむ一幕が挿入される(True Endのエピソードでは「バムバムバーガー(推定)の限定メニューが食べたかった」とは言っているがこれもバムバムバーガーの商品かは不明)。【空と青とアイツ】で見られた給食の残し方といい、ファストフードを好む点と言い、味覚に関してはまだまだ発展途上なのかもしれないということが伺える。そういえば『[MAKING] スノー・マジック!』でもやたらとカレーを食べたがっていた。

【Housekeeping!】第1コミュ『カラマリポテト』より

塩っ気のあるものを好む気持ちは非常によく分かる。躊躇なく口に含むことが出来てしまうのも元気さの証明みたいなものである。この話の時点で後に長く話題になる足の痛みやミュージカルについて触れられてはいるが、

食事中に突然新しい遊びを思いついて実行してしまう辺りは流石の発想力である。即席ゲームだけあってプレイ中にプロデューサーからルールを追加するような選択肢もあるが、あさひはそのルールを受け入れる。芹沢あさひは、自分が信ずる規範に自由でありたいのであって、底なしの自由をただ無作為に求めているわけではないのだ。

# 転機

第3話『VERRY FUNNY』(皮肉を意味するスラングらしいことを今回調べて初めて知った)、第4話『PERFECT!』(今回の話を考えるとこの章題自体が皮肉。あと最後の感嘆符が全角記号なのか半角スペース入れてからの半角記号なのか判断がつかない)に入ると、相変わらずエッジの効いた切り口で本題が提示され始める。インターネットに転がる素人ものまねから、前話で登場した大物アーティストによる本気ものまねまで、ストレイライトを作ろうとする様々な追手を、冬優子は「くだらない」と一蹴し、本物のストレイライトの作り方を見せてやると息巻く。そしてその裏では、オーディションに出場した芹沢あさひの演技に「魂がこもっていない」などと言った寸評が寄せられる。その後に非凡な身体能力に着目されるところまで含めて、あさひは(少なくとも受け取り手に合わせた)演技をしない、ということが示される。

イベント『The Straylight』第3話『VERRY FUNNY』より

おそらくあさひの動きそのものを評価するのが仕事である振り付けの人からは積極的に推薦されているのが面白い。舞台監督、演出家も「上手い」という評価自体は出しているあたり、よほど印象的な動きだったのだろう。

これらの流れにおいて、冬優子はますますリーダーシップを発揮してふたりを引っ張り、プロデューサーに助けられるだけでなく、互いに言葉を交わすような存在としてステップアップする様子が、例えば本家とものまねのハンディ込みとはいえ大物アーティストを下したときのやりとりのような、痛快で気持ちのいい展開によって描かれていく。こうしてストレイライトは黛冬優子の手によってずんずんと前に進んでいくことになる。

イベント『The Straylight』第4話『PERFECT!』より

そしてこれ自体は3人の望んだことであるから、その動きが止まることはない。もちろん冬優子とてそんなに脇の甘い人物ではないから、あさひを完全に繋ぎ止めるのは難しいことも、愛依が身の振り方を考えていることも、全て考慮した上でストレイライトは冬優子の手によって形を変えて進み続ける。ここに矛盾は無い。集団をマネジメントする以上、欠員や路線変更といったアクシデントに対する備えが無いほうが嘘だ。ただ一点、もし芹沢あさひがストレイライトの欠員となってしまったなら、その時彼女はどこへゆくのか? という疑問を置いて。

# 開闢

【Housekeeping!】2つ目から4つ目のコミュは、『海へ出るつもりじゃなかったし』のように、船出、航海を思わせるような題名が並ぶ。ミュージカルに挑むあさひが、成長痛というフェティッシュな要素を含むテーマを添えて描かれている。なお、【Housekeeping!】単体で見た場合オーディションを受けた経緯や審査の過程が分からないことになるが、そういったあさひの動きはカードとして単体のテーマではないのでカード側のコミュだけを読んでも違和感は無い。恐ろしい発想である。

『ふねをこぐ』でまず見られるのは、(成長痛と重なっているとはいえ)いまいち練習に身の入っていないあさひの姿である。実際にウトウトしているのでそういう意味で船を漕いでいるだけかもしれない。前述したとおりカード側のコミュだけであればもはや見慣れた光景だが、イベントと合わせて読むと自分から応募したのに練習に入る頃には注意散漫という、なかなかに傍若無人な描写になる。共演の俳優へ謝罪に向ったときの言葉と合わせて、足の痛みが集中を妨げているのだという話の流れになっているが、G.R.A.D.編などで見せた既に(本人の中で)覚えたことを反復することへの拒否反応からすると、台本の内容を確認する読み合わせは退屈だったのではないか、とも思う。読み合わせは演者同士の呼吸の確認やその後の稽古へのイメージトレーニングも兼ねているらしいが、あさひは未経験の物事に対して推論を重ねてその意味を仮定するタイプでは無いだろうからこの時点で意味を感じなかったとしても不思議ではないかもしれない。大人がいるとしたらこういうときは一旦引いて周りに合わせてみよう、と言えるかもしれないし、あさひもそう言われたかもしれないが、それでも興味の無さを隠しきれないのが芹沢あさひである。かわいいですね(もしかしたら本当にただ足が痛かったというだけかもしれない、という可能性がこのへんで忘れられている)。

【Housekeeping!】第2コミュ『ふねをこぐ』より

アイドルマスターシャイニーカラーズには定期的に「(アイドルたちから見て)嫌な大人」が登場するが、今回あさひを取り巻く大人たちは皆あさひの自由を否定しないでくれている。その分のしわ寄せが愛依に行っているが……。

その後の会話の中であさひに足の痛みがあることがわかると、当然のように病院へ行ってみようという話になる。ここであさひが病院を毛嫌いしていることが分かる。以前もW.I.N.G.編で足を痛めた時も同様に検査及び練習の中断を嫌がっていたが、その時はオーバーワークを戒める方へ話が流れていったので病院嫌いは初めて聞いた話になる。何でも気になる盛りのあさひにとってそもそも静粛さを求められる施設はお気に召さないだろうことは想像に難くないが、好みでないでは済まされない嫌がりように過去の体験を邪推したくなる。結局劇中でも詳しい理由が語られることはないが、それでもプロデューサーの説得に応じてきちんと病院に行ってくれる。今はこの信頼の形がただ眩しい。

『シー・スルー』では、引き続きレッスンの違和感と成長痛に悩むあさひが見られる。イベントコミュ第6話『Ready』で唐突に挿入された「求められる役割がある」という話はこの辺りの時期での出来事だと思われる。前話から変わらず役作りに悩んでおり、足の具合を聞いてからプロデューサーの選択次第で様々な練習を試す、という展開になっている。ここで痛みの原因はおそらく成長痛だということが示される。前話であれほど嫌がっていたのにいざ病院に行くと楽しそうにレントゲンの話をしたり、大きな異常が無かったことに肩透かしを食らった様子を見せるあさひがこれまた可愛くて仕方ない。行く前は今までの嫌な思い出が先に思い出されるからめっちゃ行きたくないけどいざ行ってみたら意外と面白かったってこと、あるよね。そうやっていろんなことを楽しんでくれるからあさひには色々なことをして欲しくなるんだ。この段階であさひは「今日は足が痛くないのだからレッスンをしたい」という主張をしており、ミュージカルへの興味が失せていない状態であることが分かる。ここで出現する選択肢によって分岐するレッスン内容は、紅茶の淹れ方、家事手伝い、洋館の見学。

家事手伝いを選ぶと地味に洗濯や料理の手伝いをしたことがある、という情報が出てくる。「誰の」とは言っていないあたり様々な解釈の余地はあるが、おおむね家庭環境は良好であることが考えられるだろう。あさひに家事手伝ってもらえる両親羨ましすぎか? 同ルートの中でプロデューサーは「家事は経営みたいなものだ」というコメントを残している。こちらはこちらで物事への理解が丁寧すぎて怖い。一方で、「最初から最後まで責任持ってやってみたらどうかな」「工夫したり失敗したり、きっと楽しいぞ」との助言には即座に首肯しないあさひも見られる。ここはG.R.A.D.編などで見せた「すごいパフォーマンスだからお客さん来てくれるっすよ」と同じような意味合いかと思ったが、(時系列上の問題でこの問題が解決したのかはどうか不明というのもあるが)どちらかと言うと「責任持ってやりとげる」ことの楽しさへの引っ掛かりなのだと思う。「求められた役割を全うする」ことへの猜疑心が、【Housekeeping!】のTRUE ENDどころか、『The Straylight』終了時まででもなお晴れていないことが後々描かれていく。紅茶淹れと洋館見学を選択しても、あさひは新たな技術が身につくことには積極的だが、ミュージカルの役柄であるメイドのマーガレットへの理解については重要視していない様子が伺える。病院が苦手で、新しいことをどんどん吸収したがる好奇心旺盛な少女。芹沢あさひについて普遍的な表現で情報を添えることはいくらでも出来るが、それでもなお、彼女の持つ底知れない本質について触れることはまだまだ出来ない。

【Housekeeping!】第3コミュ『シー・スルー』より

『泳ぎ出る魚』ではついに通し稽古(ゲネプロ?)がやってくる。演技力の拙いプロデューサー(この男、歯の浮くようなセリフはシラフで言えるのに演技は苦手なのである。つまり日頃のセリフは本心である。おかしいな?)相手に充分に記憶したセリフを披露し、ついに身にまとったメイド服が目新しくて心が躍る。当の本人はスカートが長いなど、普段は気にしないらしい様子をしきりに見せたり、足のことに触れられて取り乱すあたりにいまだ拭えない違和感が見られる。「ミュージカルはライブとは違うけどステージの上で輝くことに変わらない」「見ている人を引き込むんだ」などと短時間で相手に必要な教えを矢継ぎ早に投げ込むプロデューサーの手腕には舌を巻くが、何よりも注目したいのはこの話を聞いているときと、その後にスタッフに呼ばれたあさひの不安げな様子である。今までと違って、最後まで胸の引っ掛かりが解消されないままに舞台に上がらされる彼女の心境やいかに。

【Housekeeping!】ガシャ演出より

……終わってみれば、「カチッと音がした」(この「カチッ」という表現は『The Straylight』報酬カード【いるっしょ!】の『朝のおはなし』で触れられている)の一言でその不安は吹き飛ばされることになった。彼女がひとり(もしくはプロデューサーとふたり)で練習を重ねても最後まで理解することのできなかった感覚、それを舞台の上で演者を一度見て、その一度でその場で必要なものを吸収する。彼女の恐るべき学習能力はアイドルという分野を超えてなお通用するのだと、どこまでもそのポテンシャルで我々を魅了してくれる。

【Housekeeping!】第4コミュ『泳ぎ出る魚』より

「魂がこもっていない」と評価していた演出家にこう言わしめるのがまさにという感じで、あさひ本人が意識しているかはわからないが、冬優子がこれまでに幾度となくやっていた己を見くびっていた相手を実力で再評価させることの再現である。これが出来てしまうから、あさひはまた冬優子をも惹きつけてしまうのである。あさひが冬優子に今まで知らなかった何かを感じているのと同じように。

プロデューサーが触れなかった通り、本人ももはや足の痛みなど忘れているようで、結局この痛みは『ふねをこぐ』以降登場することがなかった。つまり、あさひの足の痛みが引いた時期とあさひがミュージカルの技術を体得した時期は完全に一致してはいない。しかし、『泳ぎ出る魚』の序盤では「痛いような気がする」と言っている。だから、この痛みはストレートにあさひの引っ掛かりと同期しているのかと言うとそうとも思えない。一つ言えることは、どんな痛みであれ、それを取り除くことこそが我々に与えられた使命であるということだけである。

# 真偽

『The Straylight』の話に戻る。第5話『PLAYBACK』にはあさひが(少なくとも表面上は)一切登場せず、冬優子と愛依の話が展開される。第6話『GET SET』、エンディング『GO』とあわせてこれらで語られるのは、ストレイライトのはじまりを再認識し、目標を掲げ、出発するまでの話である。オープニング『ON YOUR MARK』から始まり、エンディングで出発する、このことから今回はこんなにも色々と大きな話をしたにも関わらずあくまで中継地点ということである。ストレイライトの掲げる壮大な目標の姿が見たいなら、どこまでも追いかけ続けるしかない。

これらの話の中で、冬優子についてはストレイライトを引っ張っていく覚悟と、口では突き放しながらもあさひと愛依の心境の変化を折り込みながらこのユニットを続けていく意思が確認できる。エンディングの「焦らなくても…… なれるんだから」に見られるように、彼女にとって今の状況はある程度望みが叶っていると見える。もちろんそれで満足しろと言う気も、本人がそう思う予感もないが、自分の生き方を肯定できる「アイドル」になって、その道を進むことこそが正道で、様々な刺激と関心を与えてくれるライバルに囲まれる状況はきっと彼女にとってこの先の力になるだろう。

イベント『The Straylight』エンディング『GO』より

イベント中で最も強く焦点の当たった愛依は、ひとつの大きな決断としてイベント開始時から提示されていた「この子」の扱いを決める(報酬カード【いるっしょ!】の尺まで込みで)話が展開される。『Straylight.run()』から続いてきた外からの視線に晒される虚像としてのアイドルを考える中で、その視点においてかなり対象的に位置するあさひと冬優子を見続ける中で、自分もまたその中間のようでそうでないねじれた位置にアイドル像を持っていた愛依が、その仮面の下を隠し通すか曝け出すか、判断が求められる瞬間に直面する。そして少なくともこの話の中では、愛依は仮面をかぶり続け、どちらかといえば冬優子の側に立った。もちろん冬優子のそれと愛依のやっていることは全然違う。相手の視点に応じて見られる面をコントローラブルに切り替える冬優子と、己の欠点をカバーした結果の怪我の功名では成り立ちからして別物だし、実際にステージに現れるふたりはまるで対極に見える。むしろ完全にコントロールできているわけではないのに相手が望む姿を見せることが出来るというのは【Housekeeping!】におけるミュージカルあさひに近い。それで何をもって愛依が冬優子の側に立ったと言えるのかといえば、愛依本人がその仮面を被った自分を見た相手の反応に価値を感じたからである。そして、仮面を被るためのプロセス(水を飲む)を省略するようになったことからも、愛依はその虚像のコントロールに自覚的になっていく。名は体を表すように、冬優子が本当に優しいように、「この子」も、それを見て喜ぶファンも、仮面の下を知っている友達(と書いてライバル)も、全てを愛おしんだ結果が今回のイベントである。余談だが、『PLAYBACK』で仮面の処遇を冬優子に相談した際の冬優子の「いなくならない だってどっちもあんたなんだから」は完全に冬優子としての生き方を前提とした回答である。人間的にどちらが相談相手として選びやすいかという問題はあるが、相談相手を冬優子に選んだ時点で愛依の取る道はある意味決まっていた。

イベント『The Straylight』第5話『PLABACK』より

これまでに様々なトラブルに見舞われ、それでも道を進み続けた結果一つの結果を得た冬優子や、新しいスタンスを一つ確立した愛依に比べると、『PLAYBACK』以降のあさひに分かりやすい結末は訪れていない。『GET SET』で未だミュージカルに要求される技術についてピンと来ていない様子と、CGで表現されたストレイライトに「完璧」という言葉を当ててしまい、ほか2人の不興を買うのが主な描写である。

イベント『The Straylight』第6話『GET SET』より

前者の描写については、【Housekeeping!】および【いるっしょ!】を合わせたうえで、『GET SET』内でのプロデューサーの言葉を合わせると、なんとなく意味合いが見えてくる。「ストレイライトのステージは、わたしでいい」がきっと答えなのだろう。

イベント『The Straylight』第6話『GET SET』より

求められた姿を見せるように虚像をコントロールする冬優子と愛依に対して、ただ「わたし」を見せるだけでそれが画になり、虚像足り得るほどの輝きを放つ存在。もちろんそれに至るまでのトレーニングを欠かしたことは無いだろうが、今までに己そのものを求められてきたあさひにとって、そうでない場面で人は何を自分に求めているのかが伝わってこなかったのかもしれない。そして、その疑問は【いるっしょ!】『朝のおはなし』で実際に虚像を求められている愛依がそれを表に出すことを「スイッチ」と表現し、実践してみたことであさひの中で経験となり、【Housekeeping!】『泳ぎ出る魚』での飛翔につながることとなる。

【いるっしょ!】第2コミュ『朝のおはなし』より
【いるっしょ!】第2コミュ『朝のおはなし』より

……のだが、True End『くもはれてのちの光』にて、それ以上この技術を磨いていくことに面白さを感じていないような話が出てくる。あさひは確かに愛依やミュージカルの出演者を見て、その技術を(少なくとも見る人がそう思えるぐらいには)身につけたようだが、あまり行使したがっていないようにも思える。

イベント『The Straylight』エンディング『GO』より

愛依の弟に「カゲのムシャ」などと揶揄されてもこの気にして無さである。

後者の描写について、あさひの用いた「完璧」は冬優子が意識しているそれとは異なる意味合いで使われたように取れる。もちろん、あさひがあれを見て完全に満足してしまうような人間だとは冬優子も思っていないだろうが、この差に三人の物事の捉え方の違いが現れているように見える。もしくは、それこそストレイライトに対する考え方の違いかもしれない。いずれにしても、現れたCGそのものを指して映像として「完璧」と評したのはあさひだけであるというのは覚えておかねばならない。CGの中でストレイライトとして現れた3人、その裏側について思うところがあったのはまさにその当人である冬優子と愛依だということなのだから。

イベント『The Straylight』第6話『GET SET』より

少なくとも表面上の文面を読む限りでは明らかに意思疎通が成立していない。それでも、「ステージの上では自分でいたい」という意思が共通しているからこの会話の結末はこれで合っている。仮にあさひが優先する自分は、見る人から求められる自分ではなく、己の中にだけ存在する自分だったとしても。

冬優子は優しく、決してストレイライトの空中分解を許さないし、あさひと愛依の変化に対応していくつもりも、心意気もある。愛依はその愛をもって最後まで一緒に居てくれるだろう。ただ、ストレイライトの頭上に朝日が輝き続けるかどうかは分からない。さらなる天上へ登っていくかもしれないし、気がついたら沈んでいるかもしれない。あさひがコントロールしきれないことは、その二人こそが一番理解しているのだから。ストレイライトは確かに最初に3人が望んでいたアイドルになった。そしてこれからもなっていくのだと、プロデューサーは言う。その結末は未だ見えず、どこまでも我々を惹きつける。

# 登極

【Housekeeping!】True End『くもはれてのちの光』で訪れるのは、フードコート内のバムバムバーガー。「バムバムくん」という玩具が登場していることから店名を推測しているが、決して実在するファーストフード店の店名をもじったという証拠はどこにもないのでもしかすると全く関係ない店名かもしれない。プロデューサーが変わりに提案する店が「パスタとかビュッフェ」なのは誰からの影響だろう……放クラ? 公演も無事終わったようで、嬉しそうにあさひの今後を語り始めるプロデューサーと、あまり大げさな達成感が見えないあさひ。「同じステージでも、ライブとはなんか違った」と絞り出した言葉の後に、露骨に話を逸らすあさひは初めて見られる光景である。基本的に白黒つけたがるあさひが、進行中の話題を自分から意識的に逸していくことはあまりなかった。結果的に話が明後日の方向に飛んでいったことは色々あるが……。

【Housekeeping!】True End『くもはれてのちの光』より

……と、思いきやポテトが本当に食べたかっただけなのか、プロデューサーが話を止めなかったから仕方なく続けたのか、ポテト崩しのセカンドマッチとともに話題は続いていく。この「ポテトの話なのかあさひの話なのか分からない」状態のまま、あさひの将来の話に繋がっていくのは恐ろしく綺麗で、比較対象がポテトというおかしさと相まってあさひの放つ異彩を感じられるようで最高の読後感を与えてくれる。

仕事が楽しい(楽しかった)かという話と、また新しいことに挑戦しようという話。ミュージカルは「いやじゃない」とは言うものの「ライブとはなんか違った」と言う。「あさひの可能性は、すごく広いんだ」と言えば「一度触ったポテトは変えちゃだめ」(これが本当に示唆的な意味を持っているのかどうかは分からない)という。ストレイライトという、自分が今のままの自分で居られる場所にあさひなりの愛着があることが伝わってくる。【空と青とアイツ】でも触れられていた、あさひが探している居場所についての一つの回答だとも感じられる。今までさんざん探し回ってきたそれが目の前にあるのだから、なんだかんだ言ってあさひが執着を見せてもおかしくないのかもしれない。つまり、もしかしたらこのままそっとしておけばあさひはストレイライトに居続けるかもしれないし、何の不都合もないかもしれない。それでも冬優子はあさひがそうならない可能性を考えることをやめないし、プロデューサーはその心を知っては知らずかあさひに新たな山への登頂を勧め続ける。なお、『カラマリポテト』で「一度触ったポテトは変えてはいけない」というルールを付け足したのはプロデューサーの方である。

【Housekeeping!】True End『くもはれてのちの光』より

【空と青とアイツ】でもそうだったが、芹沢あさひは内に秘めた壮大な夢を求める過程で、意外と手近なところに解決法を見出し、一度満足してみようとすることがある。そのたびにプロデューサーが再度の旅立ちを促してみるのだが、今回もそのパターンなのかどうかは分からない。ストレイライトが彼女にとって一時のとまり木になるか、彼女の抱える周囲とのギャップを和らげ、本人が求めるあり方を肯定してくれる場所として出来上がっていくか。光の果てまで、追いかけて確認したいと思う。

【Housekeeping!】True End『くもはれてのちの光』より

# おわり

【はり・はり】、めちゃくちゃ可愛いですよね。最初は赤ずきんモチーフの衣装できゃーかわいいなどとのんきに喜んでいたら、蓋を開けてみれば支配者の才能を存分に迸らせたカリスマ輝く衣装に、スノードームをモチーフにした幻想的で示唆に富んだエピソード。True Endでは『The Straylight』で見せた姿と変わらず、主観を基本とした楽しさを探求する視線に、冷静に外部からそれを見つめられる視野が共存していることを教えてくれて、そのスケールのデカさにただ圧倒されるしかありませんでした。玻璃、梁……はりはり鍋? ガラスや天井を意味する言葉に雪(大根おろし)などそれっぽい意味が並んでいるが、よく分からん……。

【はり・はり】True End『反転する空』より

【さかさま世界】の時もそうだったが、あさひのTrue Endは全体的にSRカードのときが(元のカードコミュが少ない分)あっさりとしているようで突然背筋が伸びるセリフを差し込まれることが多い。このカードイラストもコミュも比喩と示唆が豊富でもう分かりません……。

などと言っていたら【×トリック/〇____】と【イケてた!?】が実装されていました。どちらも主に冬優子と愛依の登場が多いカードでしたが、イベントで味占めたんでしょうか。二人の仲に遠慮がなくなったようにすら見えます。それどころか、あろうことかあさひと冬優子の男装衣装(コミュに出てきてすら無いのに!)まで作ってきて販売されてしまう有様。こんな調子で日記は放置していると永遠に話すことが増え続けて終わらないアキレスと亀みたいになるので、どこかで切らないといけないですね。仮に3月末の発表で新ユニットなんて出たら一生終わらなさそうなので一度無理やり切ります。だってこの日記の日付2月7日とかだぜ。


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