# 七草にちかと呪い(まじない)の子

【呪い】(まじ-ない):神秘的なものの威力を借りて、災いを除いたり起こしたりする術。

【呪い】(のろ-い):のろうこと。呪詛。

【呪詛】(じゅ-そ):うらみに思う相手に災いが起こるよう神仏に祈願すること。

# 彼女は誰ですか

七草にちかは2021年3月21日に開催された『THE IDOLM@STER SHINY COLORS 2ndLIVE STEP INTO THE SUNSET SKY DAY2』の中で突如発表された新アイドルユニット『SHHis』の一員で、そこで披露された短いPVで今までになかった曲調の新曲『OH MY GOD』を一部聞くことが出来た。その翌日にゲーム内で復刻開催された『PiCNiC BASKET!』の追加エクストラコミュに登場し、人懐こくてちゃっかりした性格と、意外と土壇場に弱そうな姿が見られた以外には、公式4コマへの2本の出演以外に情報の露出がなく、2021年4月5日に満を持してpR【白いツバサ】がゲーム中に実装され、同時にW.I.N.G.編が公開された。

そこで描かれた彼女は、突出した魅力は持たないもののいざというときの行動力と人懐こさがあって、「八雲なみ」が大好きで、彼女に憧れていて…… それで終わった。七草にちかのW.I.N.G.シナリオの大半は、その憧れが執着に変わり、振り回され、自分を傷つけていくさまをどうあっても手出しの許されない立場から眺めさせられる、真綿で首を絞められるような時間が支配していた。

# 憧れとまじない

七草にちかにとって、「八雲なみ」は彼女の人生を支える柱と言えるほどに大きな存在であることはシナリオ中の節々で語られる。20数年前に一時期だけのブームを巻き起こしたに過ぎない存在に関わらず、当時のインタビュー記事を確認し、MVを頭にすり込み、『そうだよ』という歌声に元気をもらっている。その憧れようは少々過剰に思えるほどで、自分が生まれる前に活躍していたアイドルにここまでの入れ込みようを見せるのは尋常でないこだわりだと言わざるを得ない。そしてそのインタビュー記事は、その裏側を知ることの出来ないにちかにとっては純粋にアイドルという存在に羨望の念を抱かせるに充分な光を発していて、「彼女のようになりたい」という願いを抱かせ、その激しい衝動は七草にちかを冒頭のような過剰な行動へ駆り立てるほどに膨らませている。そうすることこそが自分を輝かせるのだと信じて。

W.I.N.G.七草にちか編『なみ』より
W.I.N.G.七草にちか編『シーズン3 (クリア)』より

「八雲なみ」のように街中で突然スカウトされて、華々しい芸能界へ足を踏み入れる。それを期待して街に出てみることもあったと彼女は言う。オーディションを受けに行ったという話は聞けなかったが、はづき反対されて受けられなかったのだろうか。その抑圧された願望は「アイドルにならねば」という強迫観念として醸造されていき、ある時に急に爆発するほどに強い熱となっていった。七草にちかにとって「八雲なみ」は日々の活力の糧となる「まじない」だった。

# 執着とのろい

しかし、「八雲なみ」を至上の存在とする七草にちかに対して、彼女と相対する大人、すなわちプロデューサーと七草はづきは一貫してその姿勢を肯定しない。肉親であるはずのはづきに至っては、(おそらく)その点を指してにちかをアイドルに向いてないと断じ、WINGに優勝できなければアイドルをやめさせる、と過酷な条件を突きつける。我々プレイヤーは最近インフレカードで会場を蹂躙しまくっているので忘れがちだが、本来は非常に高いハードルであり、事実上の禁止令を出しているに等しい。そしてこの崖っぷちの状況を切り抜けるために七草にちかが取った手段は、当然というべきか「八雲なみ」に縋ることだった。

アイドルマスターシャイニーカラーズが見せてきたひとつのルールとして、「自分らしさを求める子は応援する」というものがある。それはアイドルをプロデュースする以上疎かにしてはいけないものではあるし、その前提があるからこそ今までに現れた多種多様なアイドルたちを一つの指針のもとに導いてこれたのである。また、「模倣」を完全に否定するでもなく、「誰かのようになりたい」という気持ちを尊重する姿勢も見せてきた。しかし、それは模倣を通じて自らの力とするための前提としての尊重である。このような過程は、「八雲なみ」になりきり、彼女に自身の運命を託そうとするにちかへの彼らの当たりの強さを説明するのに十分すぎるほどの説得力を持っている。七草にちかはおおよそ珍しいと言えるほどの一人のアイドルへの執着とそのためなら自分すら捨てられる思い切りの良さ(もしくは、自己肯定感の低さ)を持つ、非凡と言っても差し支えないほどの素質を備えているが、シャイニーカラーズの世界、あるいはアイドルの世界では、その自分を顧みない姿勢が評価されることはなく、むしろ致命的な適正のなさとして七草にちかに襲いかかる。負ければ後がない最初で最後の戦いという理不尽な条件の中で、彼女を支えてきた「八雲なみ」というまじないは、ことアイドルの話になった途端に呪い(のろい)へとかたちを変える。他でもない姉の手によって。

そもそも、「八雲なみ」自体、作中の観点に照らせばあまり模倣する価値が無いようなものでしかないとさえ言われているような節がある。彼女は言うなれば過去の過ちであり、彼女の軌跡そのものは尊重しても、それを肯定してはいけない存在なのである。作中でにちかは彼女の真似をすれば話題になるというが、そうなった様子もない。にちかの模倣の精度が低いのか、もはや彼女の残したアイドル像は必要とされていないものなのか。

W.I.N.G.七草にちか編『on high』より

しかし、にちかにはそれを知る術がない。窮地に追い込まれた彼女には後ろを振り返る発想も、足元を確かめる余裕もない。こうして、「間違った」手段を頑なに選び続ける彼女にはアイドルの輝きは宿らない。邪道を選んだ彼女には罰が与えられる。アイドルとしての喜びも達成感も得ることができず、ただ模倣を続けるだけの彼女には、プロデューサーからの容赦のない評論と、自分を捨てる厳しさだけが積み重なっていく。一度発動したのろいは、踏んだものに報いを与えるまで牙を収めない。

W.I.N.G.七草にちか編『grab your chance!』より

留意しておく必要があるのは、七草にちか本人に全く魅力がないのかといえばプロデューサーは彼女の適正を一部きちんと評価しているところである。それは他のアイドルに向けられる賞賛に比べれば幾分か控えめかもしれないが、それでも彼女に少しばかりでも資質を見出していることは確かである。

W.I.N.G.七草にちか編『may the music never end』より
W.I.N.G.七草にちか編『決勝前コミュ』より

にちかはのろいをまとって生まれてきたのではなく、たまたま悪条件が重なってのろいを踏んでしまっただけの少女である。枕詞に「平凡な」が付くのかどうかは、のろいを振り払った彼女を見てはじめて判明するだろう。

# どうしてこうなった

のろいへと変貌した「八雲なみ」への執着は彼女を縛り続ける。憧れのアイドルになりたいという目的を手段へと転換させ、ただ苦痛から逃れるために苦しい道を進み続ける。負けた瞬間に全てが壊れてしまうことを恐れて。行くも戻るも、もはや安穏とした結末は期待できない。

プロデューサーもはづきも、(後者はゲームシステムの関係もありそうだが)にちかの様子を見て何も言うことが出来ない。彼らの仕事は誰かが夢を掴んで幸せになるために応援することであって、苦しみから逃れるために苦しむ誰かを無理矢理に前へ追い立てることではない。しかし、七草にちかにはのろいが憑いている。一旦立ち止まって呼吸を整える暇は彼女にはない。はづき本人も言った通り、一度発現したのろいは撤回したところで残酷なことにしかならない。プロデューサーは、アイドルとして彼女を幸せに導くことでありながら、アイドルとしての彼女が幸せになれるのかを疑問に抱えたまま、立ち止まることすら出来ないにちかを追いかけていくことになる。彼の中には明確に七草にちかの楽しそうな顔を求める気持ちがありながら、それを伝えることもできずに。

W.I.N.G.七草にちか編『シーズン3 (クリア)』より

# のろいを振り払って

正道に背き、茨の道を歩き続けていた七草にちかが僅かな転機を掴んだのは、社長室にある一枚の白盤だった。「そうなの?」というただ一言の問いかけが、苦しみに沈む彼女に自分の足元を確認するきっかけを与えた。このきっかけが、シーズン4というギリギリのギリギリで彼女に幸せを意識させることになる。WING準決勝前に優しい言葉を要求してくるのは、既に「八雲なみ」としてでなく、自分が戦う必要性を感じていたのだと、そう思いたい。決勝戦が終わるまでの極度の緊張感は、のろいをかわすために、得られた結果を自分のものにするために、七草にちかが戦う必要があるのだと、そうしてはじめて笑えるのだと思ってのものであってほしい。

なんとか無事にWINGを優勝することができれば、のろいは解かれ、種明かしが始まる。にちかが「八雲なみ」に惹かれた理由に、悲しみがあったのだと。ここに来てようやくにちかとプロデューサーの間で「八雲なみ」への認識が一致する。もしかすると、彼女がのろいを踏んだ理由は「誰かの模倣のままステージに立とうとしたから」ではなく、「悲しみの思い出をステージへ持ち込もうとしたから」なのかもしれない。どちらにせよ、「八雲なみ」ののろいは過ぎ去り、再びまじないが残った。これでようやく、七草にちかにはこのまじないを用いて望みを叶える権利が与えられる。

W.I.N.G.七草にちか編『そうだよ』より

それでも、まじないは彼女の全てを作ってくれない。彼女はこのきっかけを使って自分の人生を歩いていかねばならない。だが、プロデューサーは彼女を幸せにする仕事をしたいという。彼の仕事の本分をもって、七草にちかを幸せにする覚悟が与えられた。「八雲なみ」というまじないは形を変えながらも、最後の最後でにちかをきちんとアイドルの舞台まで連れてきたのである。彼女と同じ道を辿ろうとしたアイドルとして、その向こうへ歩き出す新たな目標とともに。

これは紛れもないハッピーエンドである。

# おわり

283ガチャ全敗の悲しみのせいで本文へかける負のエネルギーが薄れました


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